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営業メール

2011-12-21

今日は自叙伝はお休みでつ(照)(勝手に休めや…笑)

ここ数年、この時期になると、夜の店のおねーちゃん達から営業メールが届きます。

はい。クリスマスの時期って、夜のおねーちゃんにとって、寂しい中年から金をカツアゲする絶好の機会なんでしょうね(笑)

オヤジは自分からメアドを聞くことはありませんが、聞かれると教えてきました。

減るもんちゃうし(笑)。それに、おねーちゃんの中には、業界の裏事情をメールで赤裸々に語ってくれる子もいたりして、結構おもろかったりするんで(笑)

その分、メアドを教えると、当然、営業をかけられるという欠点もありまっけどね(苦笑)

おもろいネタを提供してくれる子の場合には、営業メールに応えて店に行くこともありました。

営業努力賞を贈呈する意味を込めて(笑)

しょうもないメールしか送ってこない場合には一切応えません。世の中、そんなに甘くありまへん。プロの接客業ならば、オヤジを笑わしてくれるようなメールしてこな!(笑)
客の俺の方ばっかりが笑わせてどないすんねん!(笑)

容姿の良い子ほど、しょうもないメールの場合が多いと思います。気の利いたことを書かなくても、可愛い子からメールが来たってだけで、股間を堅くしてホイホイとカツアゲされに行くオッサンが多いんでしょうな(笑)

オヤジの股間は、そんなんでは、なかなか堅くなりまへんで!なんせ糖尿やしな!(意味が違うか…笑)

てなことで、ここ数日届いた営業メールはどれも、

『元気にしてますか?久しぶりに会いたいな(涙)。サンタの衣装を着てプレゼント用意して待ってるから来てくれたら嬉しいな(はあと)』

てな感じの典型的な営業メールで、オヤジの琴線に全く触れるもんではありません(滅)

ところが一人だけ、ひとしきりクリスマス関連の営業文句を並べた後に、

『とまぁ、ここまでは店の営業方針に沿った発言なんで無視してオッケー(爆)。いつかまた時間の取れるときがあったら、私を笑わしに来てくれたら、本気でかなり喜ぶけどね(笑)。あと2年ぐらいは店に居る予定なので、来てくれるなら2年以内にお願いね(笑)』

みたいなことが書いてあり、オヤジの琴線に触れました(爆)

こういうありきたりではない営業メールだと、また行ってみようかなという気になりますわな(そんな気になるのはオヤジだけかな…笑)

『わかった!生きてたら2年以内には行くから、それまでずっとサンタの衣装で待っときや!(笑)』

と彼女にだけはレスしたオヤジでした(照)

どんな子やったんか、かなり前の話なんで、ほとんど覚えてないけど(爆)

自叙伝その3

2011-12-20

こんにちは。
オヤジです。

仕事の文章作成に息詰まってるので、しばし骨休め(滅)。

再び、小学生の頃に纏わる話。

オヤジが小学生の頃、「燃えよドラゴン」のブルース・リーが流行った。
カンフー映画の主人公で、贅肉のない筋肉質の身体で「アチョー」と叫びながら、ヌンチャクを振り回し、悪役をなぎ倒すヒーローである(笑)。

当時のガキどもは、みんなブルース・リーに憧れ、彼の真似をして遊んでいた。


そんな状況の中、オヤジの家の近所に、同じ歳の有名な悪ガキが居た。
そいつは、空手を習っており、片っ端から喧嘩を売って、喧嘩に勝つことで相手を服従させていた。


ある日、ついにオヤジの番が巡ってきた(笑)。

「オヤジ、勝負すんぞ!逃げんなよ!」てなことが書かれた果たし状が家に届けられたのである(爆)。

決闘場所(笑)は、近所の短大のグラウンド。

待ち合わせ場所に行くと、そいつはなんと、木製のヌンチャクを持ってきていた(爆死)。
そう。ブルース・リー人気にあやかって、当時のおもちゃ屋には、ヌンチャクが売られていたのである(滅)。

ヌンチャクとは、固い木の棒2本を金属製の鎖でつないだ代物。
おもちゃとはいえ、まともに頭部を殴られたら、冗談抜きで失神してしまうと思う(滅)


正直、オヤジはビビった(笑)
オヤジには、そんな道具はない。
漫画と同じように、オヤジは、ほとんどおもちゃを買ってもらえなかったので(爆)

さすがに素手では太刀打ちできないので、仕方なく、オヤジは、落ちていた棒切れを拾い、それをヌンチャク代わりに(滅)

悪ガキはヌンチャクを振り回しながら「アチョー」と叫び、こちらにむかってくる(爆)。
完全に、ブルース・リーになった気分なのであろう(笑)。

喧嘩っちゅうもんは、気迫で負けたら、その時点で負けが確定する。
そのことをオヤジはよく分かってた(笑)。
気迫負けしないようにするには、とにかく汚い言葉を発しまくるに限るということで、「ぶち殺すぞワレ!」みたいなことを大声で叫びながら、棒切れを振り回して応戦したのを覚えている(笑)。

なんだかんだと罵りあっては、ヌンチャクと棒切れを叩き合い、また、罵りあっては叩き合い。
そうこうしているうちに、相手も根負けしたのか、最後は引き分けということでケリがついた(笑)。

それ以来、そいつは、オヤジを同格だと認めたのか、遊びに誘ってくるようになった。
やっぱり、人間、ここぞというときには、気迫を持って挑むことが一番大事だと思いまつ(笑)

そいつとは今でも親友の関係になっていられたのかも知れないが、残念ながら、ほどなくして転校してしまった。

今頃、どうしてるんかな・・・。
なかなかハンサムな奴だったので、今では、ヌンチャクではなく、股間の肉棒を振り回してそうやけど(爆)

てなところで、休憩おしまい。

自叙伝その2

2011-12-19

本日は和歌山県の海南市に出張でつ(照)

昼飯食いつつ休憩しまつ(照)

引き続き小学生の頃に纏わる話をば(照)。オヤジは小学校の同級生と付き合ったことがありまつ。

と言っても、小学生のときではなく、大学に入ってからでっけど。

同窓会で再会しましてね。

小学生の頃のオヤジは彼女のことを何とも思ってませんでした。

彼女の方もオヤジのことを何とも思ってなかったとのこと(笑)

たまたま、それぞれが好きだった奴が同窓会に来てなかっただけで、もし来てたら彼女と付き合うことはなかったのかも知れまへん。

そう考えると、人の縁ってわからんもんですなぁ(しみじみ)

彼女とは一年付き合いましたが、付き合ってた当時の思い出ってほとんどありまへん(酷・爆)

ところが今年の春に再会する機会がありましてね。
この辺りの話は以前にブログに書いたかと思いますが(笑)

喫茶店で2時間くらい話したのですが、そのとき彼女が店に忘れていったブランドもんの高級腕時計をオヤジは預かったままなんですわ(滅)

彼女は京都に住んでるんで、オヤジが京都に行く機会にでも、預かってる時計を返すわと言ってたんでっけど…

彼女の連絡先がわからなくなってしもたんですわ(^_^;)

彼女とはオヤジ事務所のメアドを通じてのみ、やりとりしてたんですわ。

彼女がオヤジのことをGoogleで検索し、オヤジ事務所のことを探し当てて連絡してきたってのが再会のきっかけだったもんで(笑)

ところがオヤジのパソコンが9月にぶっ壊れてしまい彼女のメアドもわからなくなってしもたんです(滅)。

高価なもんをずっと預かってるのは嫌なんで早く返したいんやけど、彼女から連絡がない限り連絡しようがありまてん(^_^;)


彼女の旦那は糖尿病が専門の医者で結構大きな病院の院長ってことだったので、『苗字、京都、院長、糖尿』などをキーワードにしてGoogleで検索もしてみたんでっけどね(笑)

ヒットしません(^_^;)

旦那がオヤジと違ってすばらしい男やと見栄張って言いたかったんかなと、やや疑念を抱きつつ(笑)、連絡を待つオヤジなのでありまつ(照)

連絡が来なければ、質屋に叩き売りまひょかね(照)

うん十万円はするんじゃないかと思いまつんで(萌)

自叙伝その1(完全自己満です・・・笑)

2011-12-13

お久しぶりでごじゃりまつ。
オヤジです(照)
一応生きてます(笑)

人間、いつ死期を迎えるか分らんなぁということで、なんだか自叙伝を書き残しておきたい気分になりまつた(照)
なので、久々に書いてみますわ(照)

前に書いていたものは消してないんやけど、どこを触ってこうなったのか忘れてしまい、すぐに元に戻すことができまへん(涙)
思い出し次第、復旧したいと思いまつ。
せっかく長期間に亘ってしょうもないこと綴ったのに、見れないのはもったいないので(笑)

で、今日は、オヤジの生い立ちから少々綴ってみたいと思います。

オヤジが生まれたのは、昭和○○年。ちょうどキリの良い年ですわ(○○=60ってことにしといて・・・笑)。
兵庫県の下町にて、男兄弟2人の次男坊として生まれましてん。
オヤジは損保会社のサラリーマンで、母親は専業主婦。
両親ともに四国の田舎から裸一貫で出てきたって感じで、少なくともオヤジが幼少の頃は裕福ではありませんでした。

「ALWAYS 三丁目の夕日」

あの映画の設定よりも少し年代が新しいものの、オヤジが幼少の頃の生活環境は、かなり近い雰囲気がありました(照)

外食なんてほとんどすることなかったです(滅)。
たまに外食するといえば、駅前の立ち食いうどん、眠眠の餃子、双葉寿司(格安の寿司屋)のどれかでした(笑)。

たまに店で買う惣菜の中では、「クジラのカツ」がご馳走でした(笑)。
あ、今でこそクジラって高いでっけど、当時は牛肉なんかに比べて全然安かったんでね。

親は勉強に関しては全くうるさくなかったです。
というのも、両親ともに高卒なんで、自分らが受験勉強なんか殆どしてへんねんから、子供らにも強制できへんという思いがあったようですわ。

ただし、読むなら、漫画ではなく、歴史本などのちゃんとした本を読めということだけは、唯一うるさかったですわ。特に母親が。
だから、漫画は一度も買ってくれたことがないです(滅)。

親は買ってくれなかったけど、一度だけ、親戚のおばちゃんが手土産に漫画をくれたことがありまして。
飛び跳ねるほど嬉しかったオヤジは、同じ漫画を何百回というほど繰り返して読みましてね。
各ページの端を繋いでる接着剤が剥がれて、各ページがバラバラになるほどでして。
セロハンテープで何度も何度も補強して、読み続けてました。
吹き出しのセリフを暗記してしまうほど、ひたすら同じ漫画を(泣・笑)

その漫画は今でも実家に残ってます(笑)
その漫画を見るたびに、母親は目に涙を浮かべるんですわ(爆)
「あんたに可哀そうなことをしてしもたなぁ」と(ほんまに可哀そうやったちゅうねん・・・笑)

さて、本日はこの辺で(照)

諸々の話がどれも途中のままですが

2011-09-02

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